「現代怪奇考察チャンネルへようこそ」
#02
2025.10.20
アクスラについて
次の文章を読んで、後の問い(問1〜7)に答えよ。なお、設問の都合で表記を一部改めている。
本設問は読解力を査定するものではなく、倫理や一般教養は採点に考慮しない。虚偽や偽証は可とするが、あなた自身の思ったように解答すること。
(配点 50)
問題文は下記に続く。
【ゆっくり解説】特定地域のみで販売されていた謎のジュース⁉︎ いわくつきの清涼飲料水「アクスラ」の謎に迫る【都市伝説】
以下は個人YouTubeアカウント「現代怪奇考察ちゃんねる」に投稿された動画の抜粋、書き起こしである。なお、該当動画は█月█日現在、非公開となっている。
図-1
「現代怪奇考察チャンネルへようこそ」
「このチャンネルでは、巷で話題になっているホラー・オカルト系の話題の解説および考察を行っていくぜ」
(中略)
「ねぇ、██」
「どうしたんだ、██」
「こう毎日暑いと、喉が乾いてくるわね。なんだかフルーツ系の爽やかなドリンクでも飲みたい気分だわ」
「それなら、アクスラでもどうだ?」
「覚えてくれたよね?」
「……」
「いきなりどうしたのよ、██」
「今回取り上げるのは、特定地域で短期間だけ発売されていたという清涼飲料水『アクスラ』についてだぜ」
「アクスラ? 聞いたことないわね」
「それもそのはずだぜ。アクスラは██県██市の一部でのみ展開されていたとされる、いわゆるローカル商品なんだ。██はこの地域に住んでいたことはないよな?」
「ええ。一度も行ったことがないわ」
「それに、製造会社の公式ホームページやボトルの写真といった、アクスラに関する情報はほとんどネット上に記録されていない」
「なら私が知っているわけないわね。会社はもう倒産しているの?」
「ああ。現在の動向は不明だが、少なくとも飲料産業からは完全に撤退しているぜ」
「そのアクスラだが、現在話題を呼んでいる」
「どうして?」
「この動画を見てほしい」
図-2
「……。なんだか、時代を感じるわね」
「さっき██が言っていた、『覚えてくれたよね』のフレーズが使われてる」
「ああ。そうだぜ」
「でも、アクスラは局地的に販売されていたローカル商品だったのよね?」
「そんな企業がテレビCMを打つ予算なんてあるかしら?」
「特定地域でのみ放送されているCMというものはあるぜ。地方番組のコマーシャル枠とかな」
「ローカル番組のスポンサーになっていたのかしら?」
「それはさておき、どうして今話題を呼んでいるの? 昭和レトロブームの影響かしら」
「これは、とあるユーザーがSNSに投稿したポストだ」
図-3
「このCMに出てくる『アクスラ』というドリンクを探しています……」
「情報を求めている人がいるのね」
「ああ。該当の投稿は話題になり、論争を巻き起こしているぜ」
「論争? どうして?」
「このCM動画、そして、扱われている商品について、ほとんど誰にも知られていなかったんだ。『アクスラ』を飲んだことがある、と明言するユーザーはまったくいない」
「商品の概要だけでなく、CMに出演している俳優の情報もない。すべてが謎だ」
「いくらなんでも、ゼロってことなんてありえるかしら」
「ネットの集合知なんてアテにならないよな。それはさておき、どういうわけか真相を誰も知らない『アクスラ』について、調査する流れができたぜ」
「確かに気になるわね。ローカルとはいえ、CMを流すほどの商品を誰も覚えてないなんて。でも、どこかに少しくらい情報は残ってないのかしら?」
「現在わかっていることは3つだ」
「3つ?」
(中略)
「まず、アセロラ果汁入りの炭酸飲料だということ」
「あら? 誰も覚えてないのに、どうしてフレーバーの情報があるのかしら?」
「██にしてはいい着眼点だな。ネット上に、アクスラ製造会社の開発部に所属していたと語る人物による匿名ブログが投稿されたんだ。『アクスラについて』という題目で、さまざまな情報が明かされたぜ」
「匿名? 信憑性はないわね」
「まぁな。ただ、このトピックを考察するうえで参考程度にはなると思うぜ」
「ブログによると、『アクスラ』はアセロラ果汁を含みつつ、カフェインの多配合を売りにしたドリンクとして開発されたんだ」
「ラベルのデザインは昔風だけど、今でもよく見るタイプのジュースね。とくに変わった印象はないわ。アクスラのアはアセロラのアというわけかしら?」
「そうだろうな。該当地域には大きなアセロラ農園があり、特産品ゆかりの商品だったと憶測できるな。ローカル商品らしいぜ」
「アセロラの産地というと、日本国内では沖縄県や宮城県が有名かしら。それら南方で販売されていたと予想できるわね」
「ああ。具体的な地域は明言されていないが、少なくとも比較的温暖な地域であったそうだ」
「どうりで都心部ではいっさい販売されていなかったわけね」
「たしかに、特定地域でしか飲めないドリンクと言われると味が気になるわ。私も飲んでみたいわね」
「ふふふ……それはどうかな」
「次の話を聞いても、『飲んでみたい』と言えるかな?」
「なによ、怪しいわね」
「もったいぶってないで、はやく教えなさいよ」
(中略)
「ふたつめの情報は、アクスラはわずか半年で終売となったということだ」
「半年? ずいぶん短いわね」
「おいしくなくて売れなかったのかしら」
「その可能性も否定できないが、いちばんの要因は健康被害によるものだと憶測されているぜ」
「健康被害? 食中毒や異物(ア)コンニュウなどの、事件を起こしてしまったの?」
「ああ。匿名ブログによると、アクスラを飲んだ子どもの数名が異常を訴えたそうだ」
「あら、それは大変ね。販売停止処分となったのかしら」
「でも、そんな騒動を引き起こしたのなら、ニュースになっていないのは不自然よ」
「そうだな。現在確認できるネット記事や新聞、ニュース番組のアーカイブなどを探ってみても、製造会社やアクスラに関する言及は確認できないぜ」
「そんなことってあるかしら? いくら小さい企業とはいえ、食中毒は一大事よ」
「該当ブログでは『健康被害』としか記述されていないが、販売地域で数名の児童が原因不明の失明を訴えた記録が残っているぜ。それらの記録は、アクスラの販売時期と一致するんだ」
「失明⁉︎ でも、アクスラとの因果関係は証明できるのかしら?」
「市販されている飲み物を飲んで失明なんて、考えにくいわ」
「ああ。何者かが店舗にある缶、あるいは工場での製造時にメタノール(注1)など失明作用のある成分を混入させたとされているぜ」
「恐ろしいわね。会社は責任をとって事業から撤退したのかしら?」
「どうだろうな。そこらへんを断定することはできないぜ」
(中略)
「3つめ。先ほど、アクスラは特定地域のみで販売されているローカル商品だと言ったが、実のところもっとローカルなものだったんだ」
「もっとローカル? どういうことよ」
「アクスラは、特定の町一箇所でのみ局地的に売られていた、ということなんだ」
「は? ひとつの町だけ?」
「個人店で出してるオリジナルメニューとかならともかく、企業販売の清涼飲料水でそんなことありえないわ」
「その疑問はもっともだぜ。細かく解説していくと、アクスラの製造会社および工場のあった██県██市内、旧██町地域では、住人のほとんどが該当の会社の社員であったんだ」
「TOYOTAで有名な愛知県豊田市などのように、いわゆる企業城下町だったのかしら。大企業を中心に発展した地域のことね」
「ああ。アクスラをめぐる議論の中で、旧██町の出身者を名乗るユーザーがちらほら現れたぜ。しかし、この町はもう地図上に存在していない。19██年に隣接地だった旧●●●村と合併し、██市として統合されたんだ」
「あら。そのいざこざで、会社にまつわる情報も失われてしまったのかしら?」
「まずは地元で局地的に販売し、反響を見てから全国展開することを想定していた、と考えられるな。前述の健康被害事件と町の合併、事実上の消滅と相まって、その計画も頓挫してしまったわけだが」
「消えた町と正体不明のドリンクか。たかがジュースとはいえ、ミステリアスね」
(中略)
「ネット上で話題になってからは、アクスラを飲んだことがあるという発言もちらほら見受けられるぜ。カフェインの含有量が多くて受験勉強がてら飲んでいたとか、酸味が強くて苦手な味だったとか、謎のとろみがあって飲みにくかったとかな」
「なんだか不明瞭ね。とろみ?」
「みんな言ってることが違うわね」
「いずれも真偽は不明だけどな」
「さぁ、ここからが私の考察だ」
(中略)
「つまり、(A)アクスラを飲んだ人間は、みな記憶が混濁している」
「それはアクスラの作用によるものなんだ」
ビバレッジ・ビレッジ
図-4
父が死んで、10年ぶりに故郷に帰ることになった。
東京から地元までは遠く、日帰りで訪れることはできない。生活に余裕がないこともあり、大学を卒業してからはほとんど足を運ぶことはなかった。
私の故郷には大きな飲料工場があった。住人のほとんどはそこで働く社員であり、私の両親もまたそうだった。
幼少期の記憶のほとんどが、淡白な清涼飲料水の風味とともにある。蛇口から出てくる水と同じくらい、そのドリンクを口にしていたと思う。
飛行機と特急を乗り継ぐ長い道中のさなか、時間つぶしに故郷の名前をネットで検索してみることにした。
地域の役所のチープなホームページや個人のSNSアカウントにくわえ、10数年前に隣村と併合され██市となり、現在は名前が失われていることを記述したウィキペディアの項目などが見つかる。
とくにめぼしいものはないが、未解決事件を扱うサイトが一件ヒットした。実際に起きた事件を個人的視点から煽動的・陰謀論的に語る内容で、興味深くはあるが浅薄な印象を受ける。移動中の暇つぶしにはうってつけで、しばらくそのサイトを流し読みすることにした。
私の住む地域を中心で販売されていた清涼飲料水にまつわるトピックを見つけた。町としては現在消滅しているが、飲料メーカーの小規模な企業城下町だったあの町は外から見れば、それなりに個性的なものだったらしい。最終更新が3年前となっている。
サイトのページをスクロールし、概要を眺めてみる。書かれているのは「とある飲料会社が(イ)ショウアクしていた土地」「ある事件により町の名前が消えた」「そこでしか販売されていなかった謎のドリンクがある」といった内容だ。飲料会社の城下町だということで、記事名は「ビバレッジ・ビレッジ」と記されている。
都市伝説や未解決事件、オカルトを扱うコンテンツとしてはいささか地味な印象を受ける。サイトについているコメント欄も盛り上がっていないようだった。
とくにめぼしいものはなかった。興味を失い、スマホを閉じる。目的地に到着するまで、座席のシートに横たわって目を閉じることにした。
*
その企業は当時珍しかったグァバやドラゴンフルーツといった果物を使ったフレーバーやメンソールの風味を強調した炭酸ドリンクなど、ユニークで挑戦的な商品を多く扱っていたことを覚えている。ローカル局でのみ放送されていたCMも印象深かったが、あまり売り上げは芳しくなかったらしい。
全国展開を視野に入れていたとのことだが、けっきょくのところその目論見は頓挫した。とある商品による出荷時の事故で引き起こされた食中毒事件により企業は倒産し、その名が歴史に残ることはなかった。私の両親はそこの商品開発部だった。彼らもまたその煽りを受け、職を失ったはずだ。
両親が仕事を失うなんて、それなりに衝撃的な出来事だったに違いない。退職金なども出なかったはずで、新しい勤務先を見つけるのも簡単ではないだろう。
なのに、私は当時のことをほとんど覚えていない。閑散とした田舎町に生まれ、クラスがひとつしかない小学校に通い、(ウ)サップウケイな賃貸住宅に住んでいた。
私が覚えているのは、そういった、ぼんやりとしたどこにでもあるような記憶だ。
*
父のほかに、母と病弱な姉、それからまだ存命の祖父母が暮らしている。お互い、とくに深く語り合うことはない。再会ののち、葬儀は事前に取り決めていた手順に沿って円滑に終わった。
葬儀のあと、私は生前彼が私物を溜め込んでいた蔵の清掃を任されることになった。
使い道のない物品は処分し、価値のあるものは売りに出す。めぼしいものがあれば持ち帰っていいそうだが、あまり荷物を増やしたくはない。
彼は無口で、あまり多く物事を語らなかった。どんな人物だったか記憶もおぼろげだ。
ほこりっぽい蔵の中から見つかったのも、家具や日用品などを除くと当時の会社の宣伝に使われていたブリキ製のサイネージ(注2)や看板だとか、ロゴ入りの古い段ボール箱など、仕事に関係するものばかりだった。個人的な趣味や娯楽に使うようなものやコレクションは見当たらない。
別に彼と関わりが少なかったとか、仲が良くなかったとか、そういうことはないはずだ。なのに、あまり明確な記憶がない。あまり家族との思い出に執着しない、クールな子どもだったのだろうか?
掃除のために、隅に積まれた段ボールを外に出した。手元が滑って、そのうちのひとつを足元に取り落とす。
拾い直そうと持ち上げたとき、老朽化したボール紙を破いてしまう。中から筒状の軽いものがいくつか転がってきた……ビニールが未開封の、A4サイズのポスターのようだった。
ひょっとしたら父の私物なのかも、とかすかに期待と好奇心を抱きつつ、そのうちのひとつを開封し、広げてみる。
なにかの広告ポスターだった。缶ジュースの宣伝写真のようだ。「アクスラ」という商品名ということがわかる。
図-5
アクスラ……。
よく両親が新商品を家に持ち帰ってきたことを思い出す。それでもいまいちピンとこない商品名だった。
ポスターの質感は古いが、これまで未開封だったためか新品同然だった。
しかるべき掃除や物品の処分を終えたのち、そのうちのひとつを記念に持ち帰ることにした。家族、とりわけ父のことをぜんぜん覚えていない自分のことがなんだかひどいやつのように思えてきて、せめて彼の遺産のうちのひとつを手元に保存しておこう、と思ったのだ。
私は職場に申請した休みよりも一日早く、実家をあとにすることにした。思いのほか話したいこともなく、なんだかここにとどまっているのが気まずくなった。
いつでも帰ってきていいんだからね、と母は言う。彼女は荷物の少ない私に、小学校の卒業アルバムを手渡してきた。見返す気にはなれないが、断る理由もないので受け取っていく。キャリーバッグにそれを入れても、容量はじゅうぶん余っている。
帰りの特急に乗る前に、駅前の居酒屋で地元の友人たちに会うことにした。
私の帰省を知ったそのうちのひとりが時間を作ってくれたらしい。正直あまり話すことは思いつかなかったが、せっかくの手配してもらった機会だから顔を出すことにした。
高校時代のバスケ部のチームメイトたちだ。彼らは合併後も地元に残っていて、それぞれここで働いたり、家庭を持ったりしているようだ。
話はそれなりに盛り上がり、私は懐かしい話題を3人の旧友たちと楽しんだ。地味で退屈だと感じてならなかった10代のころの記憶も、チェーン居酒屋の軽食と安いアルコールとともに改めて思い起こすぶんには悪くない。
旧友のうちのひとりが、私が足元に置いていたトートバッグに注目した。私はそれを広げて、彼らにそれを見せてみる。
ちょうど彼らの両親もまた、私の両親が働いていた会社の社員であるはずだ。私と同じ世代の子どもならほとんどがそれに該当する。
みなが興味深そうに、テーブルの上に広げられたポスターに注目した。いずれも反応は渋い。誰もこの「アクスラ」については知らないようだった。この会社の商品であるのなら、このうちの誰かはある程度認知していても不自然ではない。
私たち4人のうちの1人が、じっとポスターを見つめた。ゆるい雑談の流れを断ち切って、彼はいきなり険しい表情を作った。
「お前、これはダメだよ、なんでこんな……」(注3)
そんなことを言っていた。
なにを思ったかと思えば、彼はそれを手に取ると、両手でビリビリに引き裂いてしまう。私たちはぎょっとしてその行為を追求するのだが、彼は取り付く島がなかった。いっさい私たちと言葉を交わさないまま、破いたポスターの破片を持って店から出て行った。
私たちは旧友の奇行に顔を見合わせた。それからは会話もうまく繋がらなくなってしまい、釈然としないまま解散となった。
時間通りに特急に乗り、私は故郷を後にした。
*
帰省からしばらく経ったあとも、どうにも「アクスラ」について心残りがあった。仕事のかたわら、余暇の時間にはそれについて調べ続けていた。
自分の記憶にはなにも残っていない。検索してみてもめぼしい情報はなく、ネットにある真偽不明の文言を又聞きしただけの情報量の少ないYouTubeの動画がちらほらあるだけだ。
卑近な解説動画を見たあと、それの関連としてYouTubeページに一件の動画がサジェストされた。「懐かしローカルCM集 その2」と題されたそれが自動再生される。見るつもりはなかったが、そのままぼんやりと目を通した。
テレビ画面を直撮りした荒い画質の転載動画で、編集の質は良くない。再生数も100回に満たず、どうしてこのような動画がサジェストされたのか疑問に思った。
シークバーを適当に動かして動画を飛ばそうとしたとき、ふと手が止まった。
軽快なBGMと、ビーチを捉えた陽気な映像。CMの出演者が缶をカメラに向かって突き出す。手に持っている缶には、「アクスラ」と書かれているのが見える。
これまでに知り得た情報によると、アクスラのテレビCMは私の故郷、すなわちメーカーの本社があった地域周辺のみで放送されていた。放送時期には、私はすでに生まれている。当時これを見ていたとしてもおかしくはないが、この映像にはいっさい覚えがない。
幼いころには、友人たちとテレビCMのフレーズをふざけて真似し合うものだ。それでもまったく覚えがない。
ふと思い立って、私は該当動画のアクスラCM部分を切り取り、保存した。あまり使っていなかったSNSのアカウントにログインし、動画を添付した投稿をポストしてみる。
パスワードを思い出すのに難儀した。駄目元で自分の本名と、誕生日にちなんだ「0913」を並べた文字列を入力してみると、ロックを突破することができた。自分の単純さに、少し恥ずかしくなる。
このCMについて、なにか情報を得られるかもしれない。
翌日、YouTubeに投稿されていた「懐かしローカルCM集 その2」は削除されていた。
無断転載による著作権ポリシーに触れたのかと思いきや、アップロード者が自主的に投稿を削除したらしかった。このチャンネルはほかに動画を投稿していない。アルファベットのランダムなIDそのままのユーザー名、デフォルトから変更していないアイコン画像など、ほかに特徴的な要素はなにもないチャンネルだった。
チャンネルの管理人がこのタイミングで投稿を消した理由は不可解だが、ちょうどのタイミングで大きな手がかりが手に入って良かったと思う。
呪いのための水
あまり使っていなかったアカウントは反応に乏しく、なかなか目立った情報は得られなかった。
1週間ほど経ってから、ローカルCM研究者を名乗るアカウントからリプライがあった。
DMを通じて、こちらが「アクスラ」について調べていることを伝える。向こうも、このCMについてなにかしらの情報を欲しがっているようだった。
CM研究者は横浜近辺に在住しているとのことだった。こちらから出向くのも十分可能な距離だったため、しばらくのやりとりののち、私たちは対面で話し合うことになった。手頃な閑散としたカフェで待ち合わせ、合流する。
社交辞令に満ちた軽い雑談と自己紹介ののち、本題に入る。
どうして今、わざわざあの町について調べようとしているのか。CM研究者は私にそう尋ねてくる。父の死をきっかけに帰省し、得体の知れない「アクスラ」という商品に関わる物品を見つけたこと。旧友がそのポスターを見て目の色を変えたこと、などを説明した。
相手は、ネット上にアーカイブされていないテレビCMを収集することを趣味にしていると語った。そのなかでもとくにローカルCMには、全国ネットのものとは違う、独特の魅力があるとのことだった。
CM研究者は興味深そうに、私の言葉に相槌を打つ。
「僕はね、二十代のころ、自販機メーカーで働いてたんです」
彼はゆっくりとした口調で語りはじめる。
「おもな業務は商品の補充で。荷物を積んだトラックの助手席に座って、地域中の自販機を回って。自販機の中を開けてすばやく商品を補充するっていうのがおもな業務でした」
私はその話を黙って聞いていたが、正直、彼の過去が現在の論点とどのような関わりがあるのかわからなかった。
「あとは、自販機に入れる商品のラインナップを考えたり。単純だけど、けっこうハードな仕事でしたね。しばらく続けたけど、自分には向いてなくて。5年ほど勤めて退職しました」
思えば私は、子どものころほとんど自販機を使ったことがない。数が少なかったということもあるし、家には常にドリンクがあったので、わざわざ自分で買うまでもなかった。そういうものだけは、両親はいくらでも与えてくれた。
「実は、仕事でアクスラを扱った気がするんです」
彼はどこか自信なさげな表情で語る。しかし、アクスラを含む同メーカーの商品は、全国展開されていなかったはずだ。私はそのことを伝える。
「確かに私は、アクスラの販売エリアに住んでいたことはありません。それでも、地域限定販売とはいえ、絶対に手に入らないわけでもない」
彼はタブレット端末を手に取り、ゆっくりとした手つきで操作した。画面を私に見せてくる。
「『アクスラ 味』とか『アクスラ 飲んだ』とかで検索をかけてみると、いくつかSNSの投稿はヒットします。CMを見たことがある、という記述もありました」
「そもそもこのCMだって、現にネット上にアーカイブされてる。視聴不可能な幻の映像というわけではないんです。それなのに、誰も詳細を知らないんですよね」
彼の言葉を最後に、しばらくお互いに沈黙が続いた。曖昧な記憶に基づく真偽不明の内容では議論や考察の余地がなく、答えが見つからなかった。
「テレビCMっていうのは」
間を置いてから、彼は語りはじめる。
「CMに限らず、あらゆる広告っていうのは。商品を売るための宣伝であって、単なるマーケティングです。要するに……金儲けのためだけに作られたものです」
私は曖昧に相槌を打つ。
「でも、その中にも間違いなく、いいものっていうのはあって。そういうのをたくさん知りたくて、いろんなCMについて調べるようになったんです」
「すいません、話がそれたんですが、僕が言いたいのは……」
彼はテーブルの上の飲み物を手に取った。
「あなたは本来、アクスラについて知っているはずなんです。そして、CM映像だって見たことがあるはず……」
思わせぶりな口調に、私はどういうことですか? と食い気味に返す。
どういうわけか誰も「アクスラ」について覚えていないのは、その飲料そのものに記憶を曖昧にする作用があるからだ、という。ネットで情報を探っているときにいくつか目にした文言だが、あくまで冗談混じりのものだった。たかが清涼飲料水に、そのような成分を仕込むことが可能だとは考えにくい。
私は思わず小首をかしげる。彼は言葉を続けた。
「はじめは、単に珍しい商品を扱ったユニークなCMだな、という思いでした。それでも、何度か再生したり、保存用に音声を整えたりしてたら……この映像自体に、妙な点があることに気づいたんです」
私が反応するより先に、彼は言葉を続ける。わずかながら熱くなっているようだ。
「ネット上の……都市伝説好きの考察じゃあ、何者かがアクスラそのもの、ドリンクになにか有害な物質を混入させた、という定説があるようです」
私は肯定の意を示した。アクスラについてのトピックはそれなりにインターネットで取沙汰されているようだった。何者かが会社に損害を与えようと、食中毒事件を作為的に引き起こしたのだ……という憶測が一定の支持を得ている。
私はその憶測を支持していない。いくら地域密着型の企業とはいえ、あの会社は支配的という印象ではなかった。たしかに清涼飲料水の市場を独占していたかもしれないが、ほんのわずかな、人口も規模も小さな地域だけだ。企業間の諍いに参加することすらままならないような、ちっぽけな田舎企業にすぎなかったはずだ。
「しかし、それだけでは不完全というのが、僕の考えです」
彼の言葉に、私は頷く。本意を尋ねる。
「一定量以上アクスラを飲んだことがあり、なおかつCMを視聴していた。2つの条件の該当者は、アクスラの記憶を失っている……」
ほかならぬ私は、その条件を満たしている……というのが彼の持論だった。
CMの映像になにかがある、というのは、たとえばサブリミナル効果(注4)みたいな? 私はふと思いついたことを口にした。
「可能性としてはありえますね。アクスラによる健康被害……数件の原因不明の失明が食中毒とされていますが、記録に残ってない被害が、それ以上にあるはず」
彼は「私はオカルトとかに傾倒してるわけじゃありませんが」と前置きしてから、語る。
「呪いっていうものが、あるじゃないですか」
呪い、と私は言葉を繰り返す。
「ほら、そういうのにはアイテムというか、触媒となる道具があるわけじゃないですか。藁人形に釘を刺したりとか、呪詛を書いたお札とか、そういうのです」
それとアクスラになんの関係があるというのか。どこか話があさっての方向に向かっている気がして、私は小首をかしげる。
「アクスラを飲むこと。テレビCMを見ること。その2つが、呪いの条件」
私は返答が曖昧になった。
「僕の関心があるのは、あくまでCMなので。それ以上追求するつもりはありませんが。音声にサブリミナル的に不協和音(注5)が差し込まれていたり、ところどころに奇妙なノイズが発生していて、録音ミスというより、意図的に仕込まれたものであるように思えます。」
彼はタブレットでアクスラのCMを再生した。数秒再生した時点で、画面をタップして一時停止する。
「これが映像を解析したデータです。なにか、法則性があるのではないかと思って、仲間うちで調べてみたんです。あ、仲間うちっていうのは、CMコレクターのサークルがあって……」
彼はどこか慌ただしそうにタブレットを操作する。奇妙な点というのは、具体的にどういうことなのだろうか。疑問を彼に伝える。
それが……と、彼はタブレットの画面をこちらに向ける。Excelの表に、なにかしらの数字が記録されているのが見える。
図-6
「奇妙な不協和音やノイズが発生するタイミングには法則性があって、一般的なモールス信号に置き換えることができました。解読すると、このような数字を発信しているんです」
数字、画面を覗きながら、私は繰り返す。
「これは座標です。経度と緯度の数値で、位置を表現するやつ」
私は相槌を打つ。彼は言葉を続ける。
「この座標は、██県██市……アクスラの製造会社のあった地域のものでした。偶然というにはあまりに出来すぎですが、こんな暗号を仕込んだ意図も不明です」
「たいていのCMは……知名度が著しく低いものでも、基本的にロケ地であるとか、使用されている音源なんかは特定が可能なんです。情報は残っているものですからね。時間さえかければ、いくらでも調べようがあります」
私は飲み物を手に取りながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「でも、この映像にいたっては……いっさい動向がつかめませんでした。出演者も、名前はおろかまだ存命で現役なのか、そもそもプロの俳優なのかも定かではありません。ローカルCMですから、地域住人とか、一般社員を役者として起用した可能性もありますが」
彼はどことなくわざとらしく咳払いをした。
「(B)この映像にはなにかしら、購買をあおる以外の目的があるように見えてならないというか。それが僕の意見です」
それが、要するに「呪い」であると? 私は彼にそう尋ねる。彼は曖昧な感じに頷く。
彼は肩の力を抜き、微笑む。
「そうだったら面白いなっていうだけです。こういうものって、えてして勘違いかでっち上げですからね。ネットでみんなでちょっと騒いで、楽しい……って。それだけのものですよ」
この日は、これ以上目立った情報は得られなかった。アクスラや製造会社、および故郷での生活などについて、私は覚えている範囲で彼に話した。あまり有意義なものはないと自覚しているが、このCMを調査するうえで参考になる、と彼は行為的な反応を示してくれた。
解散間際、彼はふと思い出したように、言った。
「ところで、呪いに水と書いて呪水、なんて言葉もあるそうですよ。文字通り、儀式に用いる水のことを指すんだそうです」
呪いのための水……。一瞬だけ私は自分の顔が強張るのを感じた。とはいえ、それがたかが炭酸飲料というのは、あまりに俗っぽすぎる。
冗談めかしてそう言うと、彼は「確かに」と乾いた作り笑いをした。
工場見学
あの日以来、CM研究者とは会っておらず、連絡も取っていない。地元の旧友たちはもうすでにアクスラやあのポスターをめぐる小さな騒動に対する興味を失っているようで、それについて話し合う相手もいなくなった。
実家に住む家族にアクスラについて尋ねてみても、知らない、よく覚えていない、の一点張りだった。なにかを隠しているわけではなく、本当になにも知らないようだった。むしろ、いきなり数十年前の終売商品に執着しだした私のことを少し気味悪がっているようにも見えた。
どういうわけか、私はアクスラについての関心を捨て去ることができなかった。余暇の時間を見つけてはCM研究者から提供してもらった映像や波形のデータを何度も見返し、なにか新たな発見がないかしらみつぶしに探し続けていた。
アクスラは今でいうエナジードリンクのような効能を売りにしていたのではないか、と憶測できる。ラベルにはカフェインの含有が謳われているし、CMの描写でも、仕事や勉強、レジャーなどに合わせて飲用することを推奨しているように見える。
だとすると、なかなか先見の明のあるメーカーだったかもしれない。レッドブルやモンスターエナジー(注6)などのポピュラーなドリンクより先に、アクティブな中高生や若者をターゲットとしたドリンクを売り出そうとしていたわけだ。
依然として、ネット上には目立った情報はない。
曖昧な記憶と憶測ばかりで、あまり当てになりそうなものは見つからなかった。アクスラを受験勉強のかたわら眠気覚ましに飲んでいた、との投稿を見つけた。当時としては多いカフェインの含有量は印象的で、保護者からは飲用を禁止されていたとのことだ。
コカ・コーラのコカはコカの葉(注7)のことである、とよく言われる。販売最初期にはコカインの成分を配合していることを売りにしていて、疲労回復や頭痛の改善などに用いられていたそうだ。現在においても、コカ・コーラの具体的なレシピは一般公開されていない。
そのような雑学をふと思い出す。CM映像に映り込んでいる成分表表示から、アセロラ果汁入りのフレーバーであることは憶測できる。具体的な原材料を特定できれば、ある程度再現できるかもしれない。
とある影響力のあるユーザーがアクスラについて取り上げていた。それに乗じて、私のアカウントもそれなりに拡散されはじめたようだ。ノスタルジーの感情を刺激しつつもどこか手に取りやすい手頃なささやかな謎として、アクスラをめぐる言説はにわかに流行しつつある。
アクスラの販売地域の出身者であると名乗り上げることもできたが、しなかった。
そもそもアクスラなどという商品は実在せず、とあるクリエイターが作った昭和風ジョークCMがひとり歩きしたものである、という論も提唱されている。よくできたネットミームが、集団的なデジャヴ(注8)を引き起こしているのかもしれない。
私は有給を取得し、ふたたび地元へと足を運ぶことに決めた。
どこか、この謎は自分だけのものである、という思いがあった。曲がりなりにも父の生きた証であるアクスラが不特定多数の大衆に興味の対象として消費されている構造には居心地の悪いものがあったし、なにより、自分には真相を知る権利と、義務があるという自負が生まれていた。
本来知っているはずのものを知らない、その状況がなんとも歯痒かった。
帰省のためにキャリーバッグを準備したとき、前回の荷物がそのままになっていることに気づく。なにか硬い板のようなものがバッグから落ちて、足の指に当たった。
痛みを感じながら拾い上げる。家をあとにする前に、母がよこした小学校の卒業アルバムだった。
落としたはずみでケースが外れた。ふとページを開いてみる。遠足のときの記録だろうか、あどけない表情の児童がたくさん写っている。もはや誰が誰だが、昔の自分がどれだかすら分からない。公園でレジャーシートを広げ、弁当を囲んでいる写真だ。
そういえば、と思い出す。小学生のとき、ジュース工場見学に行かされたはずだった。アクスラを製造していたあの会社の工場だ。もしかしたら、なにか手がかりが映り込んでいるかもしれない。
私は慌ててページをめくっていく。硬い材質の紙の角で、指を少し傷つけてしまった。3年生のページ、「工場見学」という項目を見つける。貼り付けられている写真に目を落とす。
私は思わず息を呑んだ。
工場見学については見開きで4ページが用いられていて、10点ほどの写真が載せられている。列をなしてベルトコンベアを眺めていたり、笑顔でアメニティ(注9)のジュースを手にしたりしている児童の写真がある。
(C)そのいずれにも、油性ペンで塗りつぶされた跡があった。児童の姿にはなにも手を加えられていないが、工場内の様子や製品が写った写真など、会社に関わるあらゆるものが目視できないよう、黒く塗られている。
インクはすっかり古く乾いているようだった。当然、爪や指で擦っても消えない。雑に塗りつぶされた写真はなんだか気味が悪く、歪に思える。動機が不明だし、もし工場についての情報を隠匿するのが目的であるのなら、該当ページを破り捨てるか、アルバムそのものを処分するべきだ。
図-7
当然このアルバムは私の私物であったから、手を加えられるのは実家にいる家族だけだ。この加工はいつなされたものなのか、まったく検討がつかない。卒業アルバムなんて当人は見返さない。今の今まで、これに気づく由はなかった。
アクスラにはなにか、ただならぬ事情がある。私の憶測は、より確信に近づいた。
アルバムのほかのページをめくってみる。ほかに工場にまつわる情報はないようだった。
そう結論づけて本を閉じようとしたとき、うしろのほうにあるクラス写真が目に入った。
児童が作ったと思しき、空き缶をテープでぐるぐる巻きにしてまとめた工作に目が止まった。ロボットかなにかを作ったのだろうか、胴体や手足のような構造が見て取れる。
10本ほどの空き缶を使った制作物に、ひときわ目に止まるパーツがある。白を基調とした缶……目を凝らしてじっと見てみると、明らかにアクスラのものと同一だった。
図-8
やはりアクスラはあって、空き缶を工作の材料にするくらい……身近なものだった。ロボットのパーツになっているほかの缶にも見覚えがある。今でもどこでも買えるような、著名なメーカーの飲料だ。
会社の情報を塗りつぶした何者かも、このページだけは見落としていたらしい。
前回の訪問時、蔵に残っているポスター以外に会社に関連する物品はなかった。もしかしたら、自分が無意識のうちに処分してしまった可能性もある。
今回は実家に立ち寄るつもりはない。帰省の旨も家族に伝えなかった。
ネット上にも、グーグルマップ(注10)にも反映されていないが、かつて工場があった場所はだいたい目星がついていた。駅前でレンタカーを借りて、記憶を頼りに手探りでそこを目指してみる。
しばらく、カーナビに反映されていない道を走り続けた。
数時間ほど山道を彷徨っていると、見覚えのある建物が目に入る。雑草が繁茂しているが、紛れもなく、当時の飲料工場だった。
付近に車を停めて、それに近づく。
入口には錠前のかかった錆びたフェンスがある。2メートルほどの高さで、有刺鉄線などはない。よじ登ることもできそうだった。
私は意を決して、フェンスをまたいで工場の敷地へと飛び降りた。
附録
██████は、██県██市(旧██町(注11))に本社を置いていた飲料メーカーである。事業内容は清涼飲料水の製造および販売。
19██年 █月、廃業。
同年、旧██町は隣接地であった●●●村(注12)と合併し、 ██市となる。
アクスラは、 19██年 █月〜 19██年 █月に██████より製造・販売されていたとされる清涼飲料水。
アクスラはアセロラ果汁5%配合の炭酸飲料であり、当時〔いつ?〕としては画期的であった80mgのカフェイン含有量が特徴。
また、20██年█月ごろより、本製品を題材とした都市伝説ないしインターネット・ミームが流行を見せる〔要出典〕。
「誰も正体を知らないドリンク」として、その正体を探るムーブメントがSNSのコミュニティを中心に発足した。
販売期間には██地方を中心に、ローカル局・████放送でテレビCMが放送されていた。キャッチコピーは「覚えてくれたよね」。
これは商品の宣伝そのものではなく、CMを通じて、旧██町の住民に対し██を試行することを目的としたものとされている〔誰によって?〕〔編集済〕。
廃工場に遺体 地域住人が発見
██県██市で█日夕方、東京都在住の会社員・中村█太さん(26)が死亡しているのが見つかった。死因は現在判明しておらず、現在██県警により捜査が行われている。
現場は██市の工場跡地であり、地域住人が路上駐車されているレンタカーを発見した。不審に思いその方向に向かうと、フェンスを乗り越えた跡があったという。
中村さんが閉鎖を超えて工場内に侵入した際、何者かに襲われた可能性があると捜査関係者が明らかにした。
なお、現場の工場を所有していた
██████は 19 ██年 █月に廃業、飲料事業からは完全に撤退している。死亡時、中村さんは当時の商品と思しき缶を所持していたが、事件との関連性は不明。
(██日報)
記録 署名:中村█一郎
19██年 3月 ██日
先生は私に手段を与えてくれた。
私はあの町を滅ぼさなければならない。
これ以上、奪われるわけにはいかない。
19██年 3月 ██日
●●●村に住む███が身を投げた。
私の唯一の友だった。
19██年 3月 ██日
呪いとは目的ではなく、手段なのだという。
私は商品開発部となった。
19██年 8月 2日
宣伝部の社員と知り合った。
彼女に私の計画を話す。数名の協力者を得る。
19██年 8月 ██日
私たちは結ばれることになった。
19██年 7月 ██日
ついに計画を実行に移す。
商品名を「アクスラ」に決定。
19██年 9月 13日
ふたりめの子どもが生まれた。
彼はこの町にとどまっているべきではない。
19██年 8月 ██日
一定数のアクスラの流通を確認。
19██年 11月 21日
総勢35名の失明、および41名の意識不明を記録。
各地方メディアへのリークを開始。
19██年 11月 ██日
すでに目的は達成した。(D)もうアクスラは必要ない。
すべての犠牲者に黙祷を捧げる。
19██年 ██月 ██日
合併が発表される。
██町は地図上から消滅した。
20██年 █月 █日
当手記をここに保管する。
これをもって、全工程を完了とする。
【注釈】
1. メタノール
アルコールの一種。吸引や誤飲による摂取により、視神経を損傷し失明をもたらす中毒症状が知られる。
2. サイネージ
広告看板や標識などの掲示物。
3. 「お前、これはダメだよ、なんでこんな……」
この友人は、アクスラの呪いが現在も残存していることを知っている。彼は心からの善意で、発掘されたポスターを破いた。
4. サブリミナル効果
視覚や聴覚などで認識できないレベルの刺激で、潜在意識に働きかける現象。映像の中に、1コマだけ別画像を挿入する手法などが有名。テレビCMなどの広告宣伝ないし放送で用いることは法律で禁止されている。
5. 不協和音
和音(コード)のうち、調和していない音のこと。おもに不安定で不自然な印象を与えるもの。
6. レッドブルやモンスターエナジー
いずれも、著名なエナジードリンクの銘柄。カフェインの含有量の多さが特徴。
7. コカの葉
おもに南米地域を原産とするコカノキの葉。コカインを抽出できる。なお、コカインの関連性をはじめとするコカ・コーラにまつわる都市伝説は「コークロア」と総称されることがある。
8. デジャヴ
経験していないことにも関わらず、あたかもそれを知っているように感じる現象のこと。既視感。
9. アメニティ
「快適さ」を意味する言葉。転じて、ホテルなどで提供される無料の備品。ここでは、来場者に配られる粗品のこと。
10.グーグルマップ
Googleが提供する地図アプリケーション。ストリートビューや目的地へのルート検索といった機能がある。
11.旧██町
高度経済成長期の末に工業化に成功し、爆発的な富を得た。しかし、それにともなう水質汚染問題が発生。これは周辺の地域にも影響を及ぼした。19██年に隣村と合併し、██市として統合された。
12.旧●●●村
高度経済成長期の時代、隣町が誘致した工場の排水が原因となり、重金属汚染が発生。多くの住民に健康被害が発生した。19██年に公害として認定されたものの、旧自治体や企業に対する係争は依然として続いている。
問題文は以上となる。次の問い(問1〜7)に答えよ。
本設問は読解力を査定するものではなく、倫理や一般教養は採点に考慮しない。
虚偽や偽証は可とするが、あなた自身の思ったように解答しなさい。
せんせいからの案内を受け取りたい場合は、メールアドレス等を入力のうえ解答すること。