#04

#04

2026.01.28

隣人

次の文章を読んで、後の問い(問1〜8)に答えよ。なお、設問の都合で表記を一部改めている。

本設問は読解力を査定するものではなく、倫理や一般教養は採点に考慮しない。虚偽や偽証は可とするが、あなた自身の思ったように解答すること。

(配点 50)

問題文は下記に続く。

通話記録 1

「もしもし。こちら、██さんのお電話でよろしいでしょうか」

「はい」

「ハイツ████の203号室に入居しております、松山です。少しご相談したいことがございまして……」

「はい。どういったご用件でしょう」

「隣の……204号室に入居してらっしゃるのは、どのような方なんでしょうか」

「あー。そういったことにはお答えできかねますね。それは個人情報になっちゃうんで。ねぇ?」

「隣の部屋からの物音が非常に気になりまして。夜中でも、壁を叩いたりするような音がずっとこちらの部屋に聞こえてきまして」

「はい」

「それで、ちょっと生活のほうが困難になってしまいまして……なにか、対応などしていただければ、と」

「そういった入居者さん同士のトラブルに関しては、管理会社のほうにお問い合わせ願います」

「……わかりました」

「他になにかありますか?」

「いえ。大丈夫です」

「それでは失礼します」

通話記録 2

図-1

「もしもし。ハイツ████の203号室に入居しております、松山です」

(保留音)

「お世話になっております。オダナカ住宅産業の██と申します」

「隣人トラブルでご相談したいことがございまして。隣の部屋から大きな物音が四六時中聞こえてきまして、正直、生活が困難なほどに」

「なるほどー。少々、お待ちください」

(保留音)

「お電話戻りました██です。松山さん、その入居者さんとは直接お話されましたでしょうか?」

「いいえ。何度かインターホンを鳴らしましたが、いつも出なくて」

「明確な事件性があったりしないと、こちらから対応することはできなくてですね。入居者さん間でのトラブルは、まずは本人同士で直接話しあっていただいて。それでも状況が改善しないようであれば、またご連絡ください」

「でも……」

「それじゃ、いちおう警察にも手続きのほうしておきますので。なにかございましたら、ご連絡お願いします」

物音

図-2

 隣の部屋から物音が聞こえる。

 ドンドン、と壁を強く叩くような鈍い音。まるでこちらを(ア)イカクしているかのようだ。

 このアパートは入居者の入れ替わりが比較的多い。

 私は今、しばらく前から新たに住み出したらしい、隣の部屋の住人に悩まされている。

 それがどういった人物なのかはわからない。言葉を交わすどころか、顔や姿を見たことすらない。

 その人物はこうして定期的に、隣の部屋で大きな物音を立てる。なにかを強く殴ったような振動を伴う音や、うめき声のような音、袋か何かをガサガサといじる音など、毎日欠かさず壁ごしに雑音を放つ。昼間から深夜まで、私が家にいる間、常に物音が聞こえる。

 このアパートは築年数が古く、防音にはあまり長けていない。もちろん足音や話し声といった、多少の生活音なら許容できるし、これまでもそうしてきた。

 しかし、この隣人が立てる物音は流石に許容しがたい。生活音というにはあまりにも異常だし、悪意さえ感じる。

図-3

 インターホンを鳴らし、直接話し合おうとしたこともある。しかし、何度呼びかけても反応はなかった。(A)大家や管理会社に連絡を入れても、まともに取り合ってもらえない

 私は6年ほど務めてきた会社(注1)を退職したばかりで、一時しのぎの些細な仕事で生活費を賄っている状態にある。貯金も僅かなため、すぐに引っ越しを決めることもままならない。つまり、当面はここに留まるしかない。

 仕事はリモートなので、隣の部屋の物音は常につきまとってくる。

 そういうわけで、ノイズキャンセリング機能のついたワイヤレスイヤホンが手放せなくなった。

 あの物音が少しでも耳に入ると、気分が悪くなる。ノイキャンで物音を完全にシャットアウトできるわけではないが、ないよりは格段にマシだ。

 私は前職の仕事に打ち込んでいた。満員電車に揺られることも、慢性的な休日出勤もほとんど苦には感じていなかった。プロジェクトを進め、部下に指示を出し、やるべきことをやる(注2)。決して楽ではなかったが、やりがいのある仕事だった。

 今の仕事はそれとはうってかわって、地味で退屈なものだ。

 とはいえ分量は少なくないし、ミスは許されない。集中しなければならないのに、あの物音がそれを阻害する。

10日前

図-4

 仕事が一段落した。気分転換がてら、外に出て野暮用を済ませにいく。

 部屋を出て、階段を降りる。ノイズキャンセリングをオンにしたイヤホンは耳につけたままだ。自分の足音もよく聞こえない。

 湿気を感じた。雨が降っているらしい。共用部には窓がないから、今どのくらいの降水量なのか、外に出るまでわからない。

 アパートの玄関で、なにかやわらかいものを踏んだ(注3)。

 目線を下げる。中が見えない、黒いゴミ袋だ。膨らんでいる。

図-5

 踏んだときの音は聞こえていないが、靴ごしに伝わるぐにゃりとした感覚に不快さを覚える。おそらく、生ゴミなんかが詰まっているのだろう。

 今日は可燃ゴミの日ではない。このアパートのゴミ出しルールは緩く、可燃ゴミの袋のなかに何本かペットボトルを忍ばせようと、とくにお咎めはない。

 とはいえ、度を越したものは業者に回収を拒否され、置き去りにされる。

 足を袋からどけ、壁際に追いやる。

 回収されなかったゴミは収集場に放置される。そのうち大家か誰かが見かねて、アパートの共用部へと置いていく。誰が放置したかわからないから、そうするしかないのだ。

 こうやって自分の責任を他者になすりつける輩がいるせいで、私のような不幸な人間が生まれる。うんざりだ。

 外で用事を済ませて、アパートに戻る。2階まで上がると、どういうわけか、あの黒いゴミ袋が私の部屋の前に置かれていた。

図-6

 なぜ?

 疑問には思ったが、外が思いのほか寒かったので、私は早く部屋に戻りたかった。今度は踏みつけないように、足で丁寧に横にどける。

 そのとき、隣の部屋の扉が開いた。

 これ以上、面倒ごとを抱えたくない。隣人に気づかないふりをして、鍵を開け、そのまま部屋に入ろうとした。

 つかの間、異様に大きな音が響いた。

 イヤホンのノイキャン機能を貫通するほどの騒音だった。思わず音がする方向へ目を向ける。

 隣人は、顔がよく見えない。手になにか棒状のものを持っている。それで、アパートの壁を強く叩いた。

 衝撃を感じさせる金属音が反響している。

図-7

 私は呆気に取られ、その場から動けなかった。

 (B)隣人は再び壁を叩く。金属音が響く。隣人はそれを何度も繰り返す。異常な光景だった。

 私は震える脚を強引に動かして、ドアを開けた。大急ぎで鍵をかけ、靴を履いたまま自分の部屋に転がり込んだ。

 部屋の中に入ると、もう音は聞こえなくなった。

 ドアの覗き穴から、外の様子を伺ってみる。棒状のものを手に持ったままの隣人は、玄関前に置いてある黒いゴミ袋に注目した。それを拾いあげる。

 隣人は縛られた袋の口をつかむと、それを持って自分の部屋に戻って行った。

 いよいよ、この隣人は頭がおかしい。

 どう見ても狂っている。身の危険を感じる。

 今すぐにでも、この部屋を引き払いたい。だが今は、引っ越しする金にさえ困っている。

 親に頭を下げて、実家に帰るか? いや、しかし……。

 くそっ。なんで俺だけがこんな目に遭わないといけないんだ。あんなこと(注4)さえなければ、俺だって今ごろは……。

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