#04 隣人

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【注釈】

1. 6年ほど務めてきた会社

図-22

株式会社ペパーミント・クリエイツ。

2014年創業、東京・練馬区に本社を構える広告制作会社。ウェブサイトの制作や短編映像の分野で著名。

2021年に国際ブルーデザイン賞大賞を獲得。社訓は「指数関数的成長」。

退職代行サービス業者「バモノス!」の統計によると、新卒社員の3年以内離職率は51.2%。

入社式では新入社員全員を同社保有のシアターに集め、映画『フォレスト・ガンプ』を視聴する、という催しを恒例としている。

CEOの上坂三朗は当該作品を「生涯最高の作品」とし、「フォレスト(映画の主人公)のように、伝統的な価値観を守り、愚直ながらも素直に物事をこなしていけば、誰でもいつか必ず大成できる。僕はフォレストのような、実直な人材を求めているんだ。愚直・実直・素直。ひとに必要な3つの『直』が、この映画には詰まっている」と社内パンフレットで語っている。

映画評論家のローレン柴田は、上坂三朗の解釈を批判している。

2. プロジェクトを進め、部下に指示を出し、やるべきことをやる

松山康顕はプロジェクトリーダーの立場にあった。

部下が成果を十分にこなせなかった、または気に食わない態度を見せた場合などには声を荒げたり、ときにはバインダーで頭を殴りつけるといった暴力に出ることもあった。

そういった行為が黙認ないし肯定される社風は、松山の人間性によく合致していた。

新卒で入社して以来メキメキと頭角を現し、上層部に気に入られてすぐに出世していった。

職場の雰囲気に耐えられなくなった同僚に対し、彼は「ただ目上の人間の言う通りに、素直に動いているだけで成果は出るのに、どうしてそうしない?」と語ったという。

3. なにかやわらかいものを踏んだ

松山の末路はこの時点で決定した。

彼はこれまで踏みつける側の人間だったが、その特権は失われた。

4. あんなこと

図-23

松山は都内の大型ショッピングモールを宣伝するためのCM映像の制作の仕事を主導した。

著名なタレントと新進気鋭のCM監督を起用したショートフィルムや挑発的なキャッチコピーなどを用い、これは行ける、と確信していたらしい。

それらの素材を岡田に提示し、作品として仕上げるように命じた。

期日が迫っても進捗は芳しくなかった。

松山は遅延の責任を取りたくないあまり、チェックが不十分なまま、独断で納品対応を行った。

過激さを売りにしすぎた広告は多くのユーザーのひんしゅくを買い、十分なマーケティング効果を得られなかったばかりか、かなりの炎上騒ぎとなった。広告を打ち出したショッピングモールは、謝罪文を発表しなくてはならなくなった。

ペパーミント・クリエイツの副社長はプロジェクトを主導した松山を呼び出し、責任を追及した。リスクヘッジの甘さ、散漫な業務管理、チーム内での情報共有の不足などを指摘する。

松山はこれまで培ってきた処世術を用い、「クリエイティブ部分のほとんどを岡田に一任しておりまして……」と岡田に落ち度を押し付けることにする。

集団を維持するためには、仕方のないことだ。チームを指揮するリーダーは弱みを見せてはいけない。

社会人として、チームメンバーの一員として、きっと彼女もわかってくれるだろう。あとで、個人的に話をすればいい。

松山はそう思っていた。

その後まもなく、岡田は会社を去った。それ自体はべつに、珍しいことではなかった。

5. それなりに重要なポスト

図-24

社内で有能とされていた松山には、ある程度部下をコントロールする権限があった。

松山本人に支配欲を持つ性質があったわけではないが、CEOの思想をそのままなぞるかのように、部下に実直さや素直さを求めていた。

ミスには大声で謝罪させ、新人には素手でトイレを掃除させるといった、権限を逸脱していると思しき言動や命令も多数見受けられた。

チーム内での「和」や「協調」を重んじていた彼は、仕事中にイヤホンをして音楽を聞きながら作業していた新入社員のデスクを蹴飛ばし、いきなり怒鳴りつけたことがあるという。

呪いは必ずしも復讐や因果応報を肯定するものではないが、皮肉なものだ。

6. クリエイティブから降りると言い出した

以下が、当該のやりとりである。

「できるか?」

 松山は選択肢を選ばせるフリ、という手口をよく用いた。

 「やれ」ではなく、「できるか?」という言い回しを使う。

 できない、と答えることは不可能だということを、言う側も言われる側もよく理解している。

「私には……ちょっと、難しいかもです」

「なんで?」

「この企画は私には、向いてない、といいますか」

「どういうこと?」

 岡田はしばらく黙った。

 松山は適切な回答が出るまで、ひたすら質問を繰り返した。

 松山にとって、これは質問ではなく命令であった。そのため、想定される答えはただひとつである。

「炎上のリスク、といいますか、ちょっと、自分が扱うのは、リスクが高いな、と思いまして」

「リスクっていうのは、どういう?」

「あ、あの、あくまで個人的な意見なんですけど」

「うん。言って?」

 松山はひたすらに質問を繰り返す。

「これ、ミソジニーですよね。いまどき、このコピーは、ちょっと……多くの人には受け入れられないっていうか」

「どうしてそう思ったの?」

「どうしてって……」

 岡田は萎縮し、言葉に詰まった。小さく咳払いをしてから、言葉を続ける。

「『オンナのしあわせ、これでいいじゃん。』って、いやぁ……」

「それ、女性社員の喜屋武さん発案だけど?」

「それは……関係、ない、かと」

「じゃあ、会議のときに発言するべきだったよね?」

 しばらくの沈黙があり、岡田は小さく「はい」と頷いた。

 松山はいつも通り、肯定を引き出した。

 これ以上の対話は不要と考え、仕事に戻ることを命じた。

7. 社内で立場を失った私は、やむを得ず職場を後にすることにした

本文は松山の主観によるものであり、虚偽や誇張は含まれていない。彼の中では、こういうことになっている。

なお松山には、退職代行サービス「バモノス!」の利用履歴がある。

図-25

8. 私の実績や評価

松山の死後、同社社員数名が松山の生前の振る舞いについて証言した。証言は下記のとおり。

社員A:

 端的に言って、あんまいい上司って感じでは……なかったですね。歳を取ってはいないけど、古いタイプの人間という印象でした。金遣いも荒くて、昭和?って感じで。

 とはいえ、他人から見えないところでは繊細なところもあったのかな。えてして、そういうものなんですかね?

社員B:

 そもそも嫌な社風でした。時代錯誤っていうか。あれです、新人社員に、素手でトイレを掃除させたり、朝礼のとき、大声で社訓を読み上げさせたり。いまどきそういうとこあるんだって思いました。

 私たちはウェブ制作部門でしたけど、別にフレッシュな感じとかはまったくなくて。そういう会社で出世するために必死な感じがして、見ていて痛々しいなって思うこともありました。今もまだ、同じことをやってるんでしょうか?

社員C:

 前にちょっとネットで話題になった……ショッピングモールの広告って覚えてます? 炎上したやつ。そのプロジェクトを先導してたのが彼で、自分の過失を部下に押し付けたんです。

 そしてその……部下は、精神を病んで辞めちゃって。その噂が社内に広まって、彼もいたたまれなくなっちゃったんでしょうね。すぐに退職していきました。

 退職代行サービスとか、あんなものを使うやつはどうこうとか調子よく言ってた分際で、いざ自分が辞めるときはそれ使ってたんですよ。ああいう人間にはなりたくないっていう典型例です。

 あっ、死人にこういうことを言うのは不適切ですか?

社員D:

 ご冥福をお祈りします……とは、ちょっと言えないですね。同期の何人かが彼のハラスメントのせいでやめていって。

 それだけじゃなくて、今でも外に出られないような状態になってるやつもいる。責任も取らずに死んだわけじゃないですか。

 それって、ずるいなって。卑怯だなって。自分には正直、そうとしか思えないですね。あんた、仕事以外に生きる意味とか、なにもないの? って言ってやりたかったですよ。

社員E:

 会社を辞めるちょっと前、彼はパワハラだかセクハラだかで訴えられそうになったらしくて。

 いろいろあって示談になったみたいですけど、かなりの額の示談金を支払ったと聞きました。

 まあ……こういうことになったのも、自業自得なんじゃないですか。

9. もっとうまく立ち回っていれば

図-26

(D)いったい彼はどこで間違えたのだろうか

とくにこれといった上昇志向や金銭への欲求などは持ち合わせていない松山が、これほどまでに出世に執着するようになったかは、彼の人間的な側面から読み解くことができる。

松山には、強いものに服従することへの喜びが見受けられる。

彼は入社してすぐ、格上の人間に頭を下げ、媚びへつらい、与えられた命令を遂行することにこの上ない快楽を感じた。

偉い人にもっと褒められたい、言うことを聞いて認められたい——松山はCEOが求める人物像そのものだった。飼い主に叩かれても尻尾を振る、従順な犬……。

彼は数多くの人を傷つけてきたが、本質的にはサディストではなく、マゾヒストなのである。

その裏返しとして、弱者を踏みつけることにためらいがないのだろう。

10.私は謝罪の言葉を口にする

松山が目下の人間に頭を下げたことは一度もない。

チームの中心となるリーダーは常に強くたくましくあれ、「頑固なお父さん」のように振る舞いなさい、とCEOの執筆したビジネス書に書いてあったからだ。

11.まともに取り合ってもらえないに決まっている

図-27

(E)「隣人」の呪いは完璧ではない

この呪いから逃れる方法は少なからず存在したが、松山がそれに辿り着くことはなかった。

12.いつか破滅してしまう

「いつか」というほど悠長な時間はすでに残されていなかった。

じっくりと時間をかけて精神を蝕んでから命を奪うというのは、「隣人」の望みによるもの。

「隣人」は自分を搾取し、尊厳を侮辱した企業そのものを滅ぼすこともできたが、そうしなかった。

少なくとも復讐は果たされたが、ペパーミント・クリエイツはいまだ存続しているし、彼女のように組織構造に傷つけられる若者は今も絶えない。

13.息ができない

松山の死は自殺として処理された。

自宅から発見された過剰な量のワイヤレスイヤホン、防音のために窓や壁に貼り付けられた布、散乱した流行りの睡眠サプリ、そして切断され行方不明になった右耳。こうした不可解な状況はさまざまな憶測を呼んだ。

直接的な死因は失血死となっているが、そうでないことは本文から読み取れる。

なお、黒いゴミ袋の中に入っていたものは███である。「品種改良」を行う良い機会であったため、せんせいが「隣人」に授けた。

???

松山の視点で綴られた「本文」は、呪いの研究のために「実習生」たちが松山の██から読み取ったものを、再構成して記述したものである。彼に対する同情や憐れみの想起を目的としたものではない。

また、本文はすべて彼の主観ないし独断によるものであり、必ずしも事実と一致しない。真実は注釈のほうにある。

???

岡田架澄は株式会社ペパーミント・クリエイツ所属のデザイナーだった。社風に耐えかね、20████月に退社。

同年、深刻に精神を摩耗したことをきっかけに、東京都██████にある立体駐車場から飛び降り自殺を試みる。

のち、呪いの力を得たことにより、今回の復讐を実行。

学び舎との接点を拒み、███は返却済み。

岡田架澄は類いまれな才能を持っていた。しかし、その力を行使することにはあまり興味がなかったようだ。たったひとりを殺しただけで、すっかり満足してしまっている。

もっと大きな破滅をもたらすこともできたはずなのに。

しかし、彼女が███を大きく育てたこともまた事実である。

無駄なことなど、なにひとつとしてない。

通話記録 5

図-28

「すべての事象には理由と原因があります。あなたを壊したものを壊せば、その傷は癒えるのでは?」

「そんなことは……ありえない。それに、もう、どうだっていい」

「先日お渡しした書籍には目を通しましたか? あなたには読めるはずです」

「……」

(ゆっくりとページをめくる音)

「松山という男は……“物音”を過度に恐れているようです」

(ゆっくりとページをめくる音)

「せんせいは、いい方法を思いつきましたよ。予算や手続きのことはお気になさらず。こちらで手配いたします」

「私は、ただ……」

「言葉はいりません。呪いというものは、あなたのためにあるのです」

(ゆっくりとページをめくる音)

「それでは。ご連絡をお待ちしております」